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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)860号 判決

控訴人 株式会社 吉田劇場

被控訴人 今井洞流

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。控訴人が別紙目録〈省略〉記載の土地について、普通の建物の所有を目的とし、期間昭和二十一年五月一日から三十ケ年の賃借権を有することを確認する。訴訟費用は本訴及び反訴を通じて第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述した事実上の主張は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

被控訴代理人は次のとおり述べた。

一、昭和二十一年五月中被控訴人と当時控訴会社の設立発起人であつた訴外斎藤久平との間で、別紙目録記載の土地(以下本件土地という)について控訴会社は設立後遅滞なくこれを被控訴人の指示する時価で買い受けることとし、それまでの間控訴会社は本件土地を無償で一時使用することができる旨の契約が締結された。右契約は本件土地の売買契約の成立又は不成立の確定を解除条件とする使用貸借であるところ、控訴会社は昭和二十一年七月二十三日設立せられ本件建物(劇場)の所有者となつたが、被控訴人に対して本件土地買受の意思表示をしないので、被控訴人は昭和二十九年九月七日控訴人に対して同月二十一日までに時価相当代金二百十一万円で本件土地を買い受けるかどうか、もし右期日までに買い受けなければ使用貸借契約を解約する旨を催告したけれども、なんの回答もなく本件土地の売買契約は不成立に終つたので、右使用貸借契約は失効した。

二、被控訴人は、初めから控訴人が本件土地を買い受けるならば、右買受のときまで控訴人が本件土地を使用してもよいが、賃貸することはできない旨を斎藤久平の代理人である訴外今井丈平に告げ、賃貸の意思のないことを明らかにしていたものである。被控訴人は控訴人に本件土地を使用させることが賃貸借であるならば、これを使用させるつもりはなかつたのであり、右使用許可が賃貸でないと信じたからその使用を承諾したのである。従つて、控訴人主張のような賃貸借契約が成立したとなるならば、被控訴人の意思表示はその要素に錯誤があつたのであるから、右契約は無効である。

三、控訴人の後記一ないし七の主張事実はいずれも否認する。

控訴人はその設立後本件土地の上に吉田劇場(本件建物)を建築所有し且つ経営することによつて受益の意思表示をなしたと主張するけれども、このような事実がただちに受益の意思表示であると解することはできない。すなわち、受益の意思表示は相手方のある行為であつて相手方に到達することを要するから、建物を建築所有経営したからといつて、これを被控訴人に対する意思表示がなされたとする法律上の根拠は全くない。

控訴人は仮定抗弁として、昭和二十二年二月劇場が完成し同年三月から開業することにより、権利金敷金等なしで本件土地の賃貸借契約をなしたと主張するけれども、劇場の開業が賃貸借契約締結の意思表示であるとする慣習も経験則もない。このような行為は特定の相手方に対する意思表示ではない。仮りになんらかの意思表示であるとしても、それが賃貸借の申込か、売買予約の承認又はその完結かの区別もつかないから、控訴人主張の右事実を特定の者に対する意思表示とみることはできない。

控訴人が主張するように、斎藤久平と被控訴人との間に控訴人のためにする契約が成立したとしても、斎藤のなした右契約は発起人としての権限外の行為で、いわゆる開業準備行為に属し会社の設立自体に必要な行為ではないから、会社の原始定款にその旨の定めがない限り、会社設立と同時に会社が右契約に基く権利義務を取得することはありえない。そして財産引受についての商法第一六八条第一項第六号は会社の保護規定であるから、財産引受が定款に記載されていないためにその効力を生じない場合は、会社側のみがその無効を主張しうるということができず、いずれの当事者からもその主張ができるのであるから、本件土地についての上記賃貸借契約は成立したとしても無効である。

四、被控訴人と斎藤久平との間の本件土地に関する契約が控訴人のためにする契約であつたとしても、その内容は上記のようなものであり、それも上記のような経過によつてすでに消滅している。

五、控訴人は斎藤久平と被控訴人との間に、第三者(控訴会社)のためにする契約が成立した旨主張するけれども、右契約は控訴会社が将来本件土地を買い受けることとし、それまでの間本件土地を使用することを認めるということを内容としているのであるから、控訴会社が受益の意思表示をなして本件土地の使用権を取得する場合には、同時に本件土地を速かに買い取る債務を負担することとなる。従つて、その債務を控訴会社が履行しない場合は、被控訴人は上記のようにその催告をなした上使用貸借契約を解約することができる。

控訴代理人は次のとおり述べた。

一、(イ)、昭和二十一年五月中控訴会社の設立発起人である斎藤久平は、今井丈平を代理人として被控訴人との間に、当時設立中の控訴会社のために本件土地について設立後に普通の建物である劇場並びに附帯施設を建築所有することを目的とする賃貸借契約を締結した。右契約に当り、権利金敷金等の支払を要しないことが明示的に合意され、賃料及び期間その他の条件については明示の合意はなされなかつたけれども、賃料は当時施行中の地代家賃統制令による最高額によることとし、期間その他の条件は借地法の定めるところによる(従つて期間は昭和二十一年五月から向う三十年)ことが当然のこととして黙示的に合意されたのであるが、仮りに右黙示の合意が認められないとしても、賃貸借の成立が認められる限り、賃料、期間その他の条件は補充的に右と同様に解せらるべきである。斎藤久平のなした右契約は、それ自体控訴会社を拘束する効力を有するものではないけれども、控訴会社のために被控訴人と締結した第三者のためにする契約である。

(ロ)、設立中の会社のためにその設立を条件として第三者のためにする契約をなしうるが、ただ、この場合、財産引受に関する商法第一六八条第一項第六号の規定の脱法行為とみられるおそれもないではないようである。しかしながら、商法の右規定は、財産を過大に評価して過当の対価を与えることにより会社の財産的基礎を危くし、株主及び会社債権者を害することを防止するにあるのであるから、例えば、会社設立後に財産の贈与を受け又は無償で債務引受を伴わない営業譲受を約する行為のように、性質上上記のような危険性の伴わないものは商法の右規定は適用なく、その効力を否定される理由はない。本件については、斎藤久平の締結した右賃貸借契約の成立についてはもとより権利金等対価の支払を要しない、控訴人はその設立後受益の意思表示をすることにより無償で本件土地の使用権原を取得できるものである。一方賃料は地代家賃統制令によつて最高額を制限され、同令による賃料は適正ないしそれ以下の低廉なものであり、その他の賃貸借の条件はすべて借地法の定めるところによる約定であるから、上記賃貸借契約の内容は極めて適正妥当であり、これによつて控訴会社に利益をもたらしこそすれ、会社の経済的基礎を危くし株主及び会社債権者を害する危険性は全くない。従つて斎藤が被控訴人との間に締結した上記賃貸借契約については、商法の右規定は適用がなく、適法有効なものである。そればかりでなく、控訴会社がその設立後受益の意思表示をなして右契約による賃借人たる地位を取得するについては、同法第二四六条の適用のないことは言をまたない。

(ハ)、控訴会社は昭和二十一年七月二十三日設立せられ、斎藤久平はその代表取締役に就任したが、ただちに本件土地の引渡を受けて吉田劇場(本件建物)の建築に着手し、翌二十二年二月これを完成、同年三月から開業することにより上記契約による受益の意思表示をなしたので、右契約は控訴会社に対してその効力を生じたものである。

二、右契約が控訴会社に対して効力を生じないとしても、控訴会社の代表取締役に就任した斎藤久平は、上記一の(ハ)で主張したとおり、本件土地の引渡を受けて劇場を建築完成し且つ開業をなしたので、これにより事実上さきになした賃貸借契約と同一内容の賃貸借契約締結の意思を表示した。これに対し、被控訴人は控訴会社の設立に際して発行株式総数三千九百株のうち二百株を引き受け進んで株主となり、同年三月八日吉田劇場開館祝賀式に際しては吉田町長鈴木太吉からその祝辞中で吉田町発展のため劇場用地を提供したことに対する謝辞を受け、以来昭和二十六年八月斎藤久平に全株式を譲渡するまで一貫して控訴会社の有力な株主であり、眼前に吉田劇場の盛衰を見守つていた。その間昭和二十三年五月過ぎ頃突然控訴会社に対し本件土地の買受を申し出てきたが、それまでは控訴会社の劇場用地として本件土地の使用につき異議なく承認していたから、被控訴人もまたさきに控訴会社設立中控訴会社のために斎藤との間に締結したと同一内容の賃貸借契約を締結する承諾の意思表示をしたものと認めるのを相当とする。従つて控訴会社と被控訴人との間には、会社成立直後又は遅くとも昭和二十二年三月吉田劇場開業までの間にさきの契約と同一内容の賃貸借契約が黙示的に成立したもので、控訴会社は右賃貸借契約に基いて本件土地を適法に占有しているものである。

三、右記の契約が賃貸借でないとしても、斎藤は昭和二十一年五月中当時設立中の控訴会社のため被控訴人との間に、本件土地について被控訴人は控訴会社に対し普通建物所有の目的で期間の定めなく、無償でこれを使用させる旨の使用貸借契約を締結したものであつて、控訴会社は右契約に基いて本件土地を適法に占有している。

四、右使用貸借契約が、控訴会社が設立後遅滞なく本件土地を時価相当の代金で買い受ける旨の売買一方の予約を前提として、それまでの間使用させる趣旨であるとしても、右売買の予約は被控訴人の利益のために締結されたもので、売買完結権は被控訴人にある。ところが、被控訴人は控訴会社に対して売買完結の意思表示をしたことがなく且つ本訴でその主張もしていないから、本件土地の使用貸借契約は現に有効に存続している。

五、右売買の予約が完結されずにその効力を失つたとしても、控訴会社は右予約の有無にかかわりなく、適正な時価で本件土地を買い受けることには異存がなく、今日に至るまで常に適正な時価であればいつでもこれを買い受ける用意があり、信義に従い誠実に被控訴人と交渉してきたが、被控訴人は不当にも時価に数倍する価格で買受方を控訴会社に強要したため、控訴会社はこれに応ずることができなかつたにすぎない。従つて売買予約が効力を失つたとしても、これにより控訴会社が本件土地を買い受けないことに確定したと認むべきでなく、また本件土地の使用貸借契約がその効力を失つたと認めることは許されない。

六、控訴会社において本件土地を買い受けないことが確定したとしても、本件土地を買い受けることを前提とし、買受までの間これを使用させる趣旨の使用貸借契約が当然にその効力を失ういわれはなく、結局期間の定めのない使用貸借契約となり、民法第五九七条第一項に規定する事実及び条件が具備されたときに、初めて使用貸借が終了するものである。ところが、被控訴人はその旨の主張をしていないばかりでなく、吉田劇場の建築所有という控訴会社の使用貸借の目的はまだ終了していないから、本件土地の使用貸借契約はなお有効に存続している。

七、被控訴人は、控訴会社が受益の意思表示をなすことにより、斎藤久平が被控訴人との間に締結した第三者のためにする契約に基く本件土地の使用権を取得する場合には、同時に速かにこれを買い取るべき債務を負担することになるから、被控訴人はその催告をなした上使用貸借契約を解約できる旨主張するが、控訴会社が右契約の効果を享受し本件土地買受債務を負担する場合は、控訴会社の売買の予約に当るから、予約権利者である被控訴人は民法第五五六条に基いて、売買完結の意思表示をなしたときは、当然本件土地についてそのときの時価相当の代金により売買の効力を生ずるものである。従つて被控訴人主張のように、控訴会社に対して被控訴人が本件土地買受債務の履行を催告する余地はないから、控訴会社が右催告に対して本件土地買受の承諾をしない理由をもつて本件土地の使用貸借契約を解約できるという効果は生じない。〈証拠省略〉

理由

一、本件土地が被控訴人の所有であり、控訴会社が本件土地とこれに隣接する宅地に跨つて原判決添付目録記載の建物(以下本件建物という)を所有し、本件土地を占有していることは当事者間に争がない。

二、控訴人は事実摘示一記載のように賃借権に基いて本件土地を適法に占有している旨主張するので、まずこの点から判断する。原本の存在並びにその成立について争のない乙第二号証の二、成立に争のない同第十五号証第三十二号証、原審証人佐藤運作、当審証人鈴木太吉の各証言及び原審での控訴会社代表者斎藤久平の本人尋問(第一回)の結果により真正に成立したと認められる同第二号証の一及び三、原審及び当審証人佐藤運作、当審証人今井丈平の各証言並びに原審(第一回)及び当審での控訴会社代表者本人尋問の結果により真正に成立したと認められる同第三号証(但し公証人の作成部分の成立については当事者間に争がない)、原審及び当審証人佐藤運作の証言及び原審での控訴会社代表者本人尋問(第一回)の結果により真正に成立したと認められる同第四ないし第七号証、当審証人堀誠一郎の証言により真正に成立したと認められる同第十一号証(但し登記官署の作成部分の成立については当事者間に争がない)、当審証人佐藤運作の証言により真正に成立したと認められる同第二十一、第二十二号証の各一、二、当審証人高島良国の証言により真正に成立したと認められる同第二十五ないし第三十一号証、当審での控訴会社代表者本人尋問の結果により真正に成立したと認められる同第十八、第十九号証、第三十三号証と、原審(第一、二回)及び当審証人今井丈平(但し後記信用しない部分を除く)原審及び当審証人堀誠一郎、宮路佐平、佐藤運作、原審証人水倉庄六、古川寅松、当審証人富所甲子男、鈴木太吉、高島良国の各証言並びに原審(第一、二回)及び当審での被控訴本人尋問の結果(但し後記信用しない部分を除く)、原審(第一、二回)及び当審での控訴会社代表者本人尋問の結果(但し後記信用しない部分を除く)並びに原審及び当審での検証の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。控訴会社は劇場を設置し映画その他の各種興業等を営むことを目的として昭和二十一年七月二十三日設立(右設立の時期の点は当事者間に争がない)せられたものであるが、右設立にさきだち、控訴会社設立の発起人代表である斎藤久平は他の発起人等と相談の上、吉田町にはその当時まだ劇場は一つもなかつたので、町のためにもこれを建設する必要があるとし、その当時空地となつていた被控訴人所有の本件土地及びこれに隣接する訴外杉山吉太郎所有の土地が、吉田の町と吉田駅との間で同駅に近いし将来発展性があり、劇場建設地として最も適当であると考えたので、右斎藤は控訴会社設立の発起人代表として被控訴人の分家筋にあたる今井丈平に対し本件土地を控訴会社の劇場建設用地として被控訴人から賃借するよう交渉方を依頼した。今井は昭和二十一年五月中斎藤の代理人として被控訴人に右依頼の趣旨に基いて、本件土地を近く設立が予定されていた控訴会社のために、その劇場建築の敷地として賃貸せられたい旨懇請したところ、被控訴人は控訴会社が将来本件土地を買い取るならば、これを控訴会社に賃貸してもよい旨述べたので、今井は売買の件については斎藤と直接交渉せられたい旨を答え、右交渉の経過を斎藤に伝えた。そこで斎藤は右売買に関する被控訴人の申入を承諾することとし、その頃斎藤と被控訴人との間に、控訴会社はその成立後適当な時期にその時の時価に相当する代金で本土地を買い受ける旨の売買の予約とともに、被控訴人は右売買が完結されるまでの間相当賃料でこれを控訴会社に賃貸する旨の契約が締結された。よつて斎藤は、ただちに新潟県知事に対し興業取締規則に基く劇場設置の許可申請手続をなしその許可を受け、同年七月二十三日控訴会社設立と同時にその代表取締役となり、引き続き本件土地とその隣接地に跨つて劇場(本件建物)を建築して昭和二十二年二月頃これを完成させ、翌三月から吉田劇場として興業を開始するようになつた。その後控訴会社は数回に亘つて支配人深滝某を被控訴人方に遣わし、本件土地の賃料額を確定して受領するよう交渉させたけれども、被控訴人が不在のため後日返事をするということでそのままとなつたが、昭和二十三年五月頃被控訴人は控訴会社に対し本件土地は売買予約完結までの間一時無償で使用させることを承諾したにとどまり、賃貸したものでないと主張して本件土地の買取方を申し入れた。一方、控訴会社は上記売買予約成立の事実を否認し、本件土地の賃貸借成立の事実のみを主張するようになり、また本件土地買受の意思がないわけではなかつたが、被控訴人申入の売買代金の額が高かつたために交渉は成立するに至らず本件の紛争を生ずるようになつたものである。原審(第一、二回)及び当審証人今井丈平の証言並びに原審及び当審での控訴会社代表者本人の供述中右認定に副わない部分は、前掲各証拠に照してたやすく信用しがたい。また、原審証人今井研三郎(第一、二回)本間只雄、山岸義正、小池伍佐武郎の各証言並びに原審(第一、二回)及び当審での被控訴本人の供述中には、被控訴人と斎藤との間に成立した契約は、賃貸借ではなく、控訴会社が設立後遅滞なく本件土地を時価相当の代金で買い受けることを前提とする一時の使用貸借である旨の被控訴人の主張に副う趣旨の部分があるけれども、前掲各証拠に照していずれも信用できないし、他に上記認定を動かし、被控訴人の右主張を認めるにたる証拠はない。もつとも、上記認定のような賃貸借契約の成立に当り、賃料の額について明示の合意がなされたことを認めるにたる証拠はないけれども、当時劇場等娯楽の用に供する建物の敷地の地代は、地代家賃統制令による統制が実施されていたことは顕著な事実であるから、かくべつの事情の認められない本件では、当事者間に賃料は同令に定められた最高額による旨暗黙の合意がなされたものと認めるのを相当とするので、賃料の額について明示の合意がなされなかつたことは、上記のとおり賃貸借契約が成立したとの認定を妨げるものではない。

上記認定の事実に徴すれば、本件土地の売買の予約並びに賃貸借契約は斎藤が設立中の控訴会社の発起人の資格で、その開業準備行為としてなしたものであつて、株式会社の設立自体に必要な行為には当らないことが明らかであるから、設立中の株式会社の機関としての発起人の権限に属しないものである。従つて、商法第一六八条第一項第六号所定の事項を定款に記載したことの主張立証のない本件では、右契約は控訴会社に対し当然にはその効力を生ずることはないものといわなければならない。

控訴人は、本件土地の賃貸借契約は第三者(控訴会社)のためにする契約で、控訴会社の経済的基礎を危くし株主及び会社債権者を害する危険性はないから、財産引受に関する商法第一六八条第一項第六号は本件には適用がなく、設立後控訴会社が受益の意思表示をなしたことにより、控訴会社に対しその効力を生じた旨主張する。商法の右規定は、発起人が自己又は第三者の利益のために、財産を過大に評価し過当の対価を与えることにより会社の財産的基礎を危くし、株主及び会社債権者を害することを防止する趣旨で設けられているものであることは、控訴人主張のとおりである。しかし、賃貸借契約は、控訴人主張のように権利金等の授受を要せず、また賃料その他の条件が適正妥当なものであるとしても、対価を伴う有償双務契約であるし、また本件土地の賃貸借契約は本件土地の売買の予約とともに締結せられ、控訴会社が設立後右予約上の債務をも負担することを前提としてなされたものであることは、上記認定の事実に徴して明らかであるばかりではなく、控訴会社が本件土地に劇場を建設することを拘束されること自体が控訴会社に対する負担であるから、いわゆる財産引受行為に当るものといわなければならない。従つて、発起人斎藤が設立中の控訴会社のためになした本件賃貸借契約を第三者のためにする契約であると解するとしても、強行規定である商法第一六八条第一項の手続を経ないで直ちにその効力を認めることは、全く、脱法行為になるものであるから、その効力を認める余地は存しないといわなければならない。控訴会社が設立後受益の意思表示をなしたか否かの点を判断するまでもなく、控訴人の右主張はとうてい採用できない。

三、次に控訴人は、控訴会社と被控訴人との間に控訴会社設立直後又は遅くとも昭和二十二年三月吉田劇場開業までの間に上記賃貸借と同一内容の賃貸借契約が黙示的に成立した旨主張するので判断する。控訴人主張のように、控訴会社設立の発起人であつた斎藤久平が昭和二十一年七月二十三日控訴会社設立と同時にその代表取締役に就任し、次いで本件土地の上に吉田劇場(本件建物)を建築し、翌二十二年二月これを完成させ同年三月から開業したことは、上記認定のとおりであるけれども、ただこれだけのことでは、後記認定の事実と合せ考えれば、控訴会社が被控訴人に対して賃貸借契約締結の意思表示をなしたと認めるにはたりない。また前掲乙第十五号証、第二十一、第二十二号証の各一、二、第三十二号証、当審証人鈴木太吉の証言、原審(第一、二回)及び当審での控訴会社代表者本人、原審(第二回)及び当審での被控訴本人の各尋問の結果によると、被控訴人は控訴会社の設立に当り、株式総数三千九百株のうち二百株を引き受けて株主となり、昭和二十二年三月初頃吉田劇場開館祝賀式に際しては、吉田町長鈴木太吉からその祝辞の中で吉田町発展のため劇場用地として本件土地を提供したことに対する謝辞を受け、その後昭和二十六年八月頃斎藤久平にその所有の株式全部を譲渡するに至るまで控訴会社の大株主の一人であり、その間昭和二十三年五月頃控訴会社に対し本件土地を時価で買い取るべきことを申し入れたが、その頃までは控訴会社が劇場(本件建物)用地として本件土地を使用すること(右使用が賃貸借に基くか使用貸借に基くかは別として)についてはこれを承認していたことを認めることができる。しかし、控訴会社設立後被控訴人が控訴会社から本件土地の賃料を一度も受領したことのないこと、その他本件土地の売買交渉に関する前段認定の経過事実を参酌して判断すれば、上記認定の事実だけでただちに、被控訴人が控訴会社設立直後又は遅くとも吉田劇場開業までの間に、発起人斎藤との間にさきになした契約と同一内容の賃貸借契約を締結する意思表示をなしたものと認めることはできない。その他に控訴会社設立後において、控訴人主張のような本件土地の賃貸借契約が明示的にも黙示的にも成立したと認めうるなんの証拠もないので、控訴人の右主張も採用できない。

四、控訴人主張の事実らん摘示の三ないし六の点について判断するに、控訴人の右主張はいずれも控訴会社の設立発起人斎藤久平と被控訴人との間に締結された契約が使用貸借であることを前提とし、控訴会社の本件土地の占有が右使用貸借契約に基くものであることを主張するに帰するものであるところ、右契約は本件土地の売買の予約とともに、これを前提として締結された賃貸借契約であつて、使用貸借契約でないことは上記認定の事実により明らかであるから、控訴人の右主張はいずれも採用の限りでない。

五、他に控訴人が本件土地を占有するについて正当の権原を有することは、控訴人の主張立証しないところである。してみると、控訴人は被控訴人に対して本件建物のうち本件土地に存在する部分を収去して本件土地を明け渡す義務のあることが明らかであるから、その履行を求める被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、正当として認容すべきものとする。

六、控訴人の反訴請求について判断するに、控訴会社の設立発起人斎藤久平が被控訴人との間になした本件土地の賃貸借契約は、控訴会社に対しその効力を生ずるに由ないものであること及び控訴会社設立後控訴会社と被控訴人との間に控訴人主張の本件土地の賃貸借契約の成立した事実を認めえないことは、前記判示のとおりであるから、控訴人が本件土地についてその主張のような賃借権を有することの確認を求める反訴請求は、理由のないものとして棄却を免れない。

七、従つて右と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項を適用してこれを棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)

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